立場による実感の差が反対を生む

 結果、全体として、1日・1事業所あたりの記録時間は平均で0.4時間(単純合計で1事業所あたり15時間/月)減少した。残業時間に関しても、1日・1事業所あたり0.2時間(単純合計で1事業所あたり6.8時間/月)が削減できた。一番効果が出た事業所では、利用者が20%増えたにもかかわらず、記録時間が従来の3分の1まで圧縮。一日の残業時間を約2時間削減する結果となった(資料2)。

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  業務効率化を実現させる際にカギとなったのは、職員へのていねいな操作説明だ。業務フローの変更に伴い、一つの作業に対して『これまでの書式がどの操作画面で行なえるのか』という操作説明だけでなく、詳細に『従来の書式のA欄が、画面のa欄に当たる』というところまで変更フローを作成し、現場の混乱を防ぎ、職員の「わからない」「使いづらい」というハードルを下げていった。
一方、導入後のアンケートでは、管理者の半数以上が業務削減の実感を得ているのに対し、介護職員はなかなかその効果に気づきにくいという結果になった。これは、業務の全体像を把握しやすい管理者とは異なり、介護職員が自分の担当以外での転記の減少に対して気づきにくい構造にあることが原因と考えられる。この実感の差がICT導入の際の現場の反対・拒絶反応に繋がるのではないだろうか。
運用マニュアルの事前準備と、ICTの導入により事業所がどうなるのかというビジョンを、事業所全体で共有することが、ICT導入成功へのカギといえよう。

何のためにICTを導入するのか

 ICTの導入が成功している事業所では、大幅な残業時間の短縮を実現したばかりか、帳票類にかけられていた事務作業の時間を、本来の介護の専門性が発揮されるケアの時間に充てられるようになったなど、相乗効果も確認されている。さらに居宅サービス計画や訪問介護計画に位置づけられたサービスが利用者にどのような影響を与えているのか、介護記録などの各種データを電子化・見える化することで、初めて明らかにしたことも大きい。
ICTを活用する際には、何のために導入し、どの業務をどうやって効率化するのかを、会社のビジョンとして明確にする必要がある。そこには、よりいっそう経営者としての哲学が問われてくる。

今回の記事のポイント
  • 厚生労働省が平成28年度に行なったICT導入のモデル事業では、13法人中12法人で記録業務の時間削減効果が得られた
  • モデル事業の結果をもとに厚生労働省は、「ICT活用に向けた介護事業所の手引き」を作成。ICTによる生産性向上をさらに進めていく方針。
  • ICT導入の壁となる、職員のデバイスへの抵抗感は、きめ細やかなサポート体制によって解消できる。
  • さらに、ICTを導入することで何が可能となるかなど、メリットを職員全員に周知することが大事。
  • 戦略的な事業所運営にICTは欠かせないが、ICT導入はあくまで手段。何のために導入するかを明確にしなければ効果を得ることは難しい。